波間にたゆたい、目を閉じて脱力すると、
瞼の裏側は波の音と己の呼吸音で塗りつぶされた。
思いっきり水面で深く息を吸い込み、するり、音もなく海底へと向かう。
重力に身を委ねて落ちてゆき、35秒が経過した。ここは水深30m。
肺は陸上の四倍の圧力に押し潰され、末梢の血管は収縮し、心拍数が急激に落ちていく。
四肢を脱力すると、身も心も海に溶けてしまった。
ゆっくり目を開ける。
吸い込まれそうに暗い海の底から、黒い影が近づいてきた。
感情が読み取れないその大きな瞳と、その時、目があった。
思慮深くも、あるいは何も考えていないようにも見えた。
メタリックに輝く皮膚の下で隆々とした筋肉が躍動している。
尾鰭の動きに合わせて、水を掻く波動が伝わってくるかのようだ。
「もっと近くで、じっくり姿を見せてくれ」
目を閉じて、あくまで静かにその時を待った。
たった数秒が、永遠に感じる。
ふと、魚との間にあった緊張が緩んだ。
すかさず死角から、身体の下に隠していた手銛をそっと差し出す。
魚の骨格、泳ぐスピード、潮の流れ…それらを瞬時に計算し、手銛を撃ち込む場所を一箇所に見定めた。
ありったけの力でゴムを引き込む。
背骨の5cm下めがけ力を解放すると、手応えはドン!と重たい反動として、僕の体全体を貫いた。