磯のダンプカー

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イソマグロ

別名『磯のダンプカー』、英名: Dogtooth Tuna、またの名をDevil Fish。

スズキ目サバ科イソマグロ属イソマグロ。マグロとは名ばかりで、分類学的にはサバやカツオに近い魚だ。

そう大きくはない群れで、外洋に面した沿岸を回遊している。

イソマグロはスポーツフィッシングの対象として人気だ。ひとたびフックすれば長距離を猛スピードで走り続けるそのファイトは、とても強烈らしい。

釣り人はそんな彼らに、『磯のダンプカー』とあだ名をつけた。なかなか粋な名前だ。

泳ぐイソマグロの群れを見上げる。太陽光を反射してギラギラと輝き、かっこいい!

歴史上、最高峰のプロスピアフィッシャーの一人であるCameron Kirkconnellは、イソマグロについてこう語っている。

Dogtooth Tuna. What I have always preached as the most challenging and difficult fish in the world to land. Diving 30 miles from civilization in 6-10 kts of current. The whitewater rafting we had done the week before doesn’t even compare to the whirlpools and down currents and 5 ft standing waves we encounter every drift here.

イソマグロ。私が常々、世界で最もチャレンジングで難しいターゲットだと説いてきた魚だ。文明から30マイル離れた場所で、6~10ktの潮流の中で続くハードな潜り。前週に行った急流ラフティングなんて、(イソマグロハンティングで)毎回遭遇する渦潮やダウンカレント、1.5mの荒波とは比較にならない。

また、プロのスピアフィッシングガイドであるPeter Correaleも、タンザニアでイソマグロを突いた際、こんな感想を残している。

Without a doubt, the most badass fish in the ocean!

最もイカれたターゲットだ!

数十年にわたって世界中の海を潜り尽くし、幾多の巨大魚と命の削り合いをしてきた彼らの言葉には重みがある。

これは僕の持論だが、魚突きはレジャーではない。

剥き出しの海に身一つで挑む行為は、レジャーと呼ぶにはあまりに危険すぎる。

スポーツともいえないだろう。

フェアな条件、ある程度の安全が担保された状況下で、力を比べたりするものではないからだ。

潮の流れ、魚たちの様子、海中の空気感(空気感、っておかしいか…水だしな)…etc。

海を読み、そこへ生身で分け入る。

人間は陸上の生き物であり、海中では息を止めているので、当然ワンミスで簡単に命を落としてしまう。

また、天候が急変して海が荒れ、上陸が困難になってしまうこともある。

急な離岸流に捕まってしまい、途方もなく沖に運ばれてしまうこともある。

突いた魚の血の匂いに誘われたサメと、獲物を取り合うことだって時にはある。

しかし、そんな時、誰も助けてはくれない。

浜から泳ぎだし、ひとたび外海に出てしまえば、人間はちっぽけだ。沖にポツリと佇むのは自分ひとりだけ。

己が無力であることを実感し、一瞬一瞬の意思決定に”生死”が関わっていると実感するとき、ハラワタがぐずぐずと腐り落ちていくかのような、あるいは脳が沸騰しているかのような、独特な隔絶感に襲われる。

一方、魚は魚で、当たり前だが、ひとたび突かれてしまえば致命傷を負う。

時に岩や海藻に隠れ、時間をかけて魚の警戒心を解きほぐしていく。

魚種によって”気質”のようなものがあり、そして、それぞれの個体によって”性格”のようなものが存在する。したがって、こうすれば突ける!というような正攻法は存在しない。

それはお互いの全存在をかけた、むき出しの命のやり取りに他ならない。

魚突きは、ハンティングだ。

それは、海域や海のコンディション、その一匹と出会ったシチュエーションなどの不確定要素に大きく左右されるので、魚種による難易度の比較が極めて難しいことを意味する。

さらに、単純な大きさだけで言えば、イソマグロよりも大きくなる魚はいくつか存在する。

回遊魚で言えば、クロカジキをはじめとするカジキ類は500kgを超えるものもいるというし、クロマグロやキハダマグロといったマグロ類も種類によっては、大きなもので300kg前後にもなる。

しかし、上記のCameron達の意見には概ね同意できる。

なぜか?

まず、素潜りで大型のイソマグロに出会うのは非常に難しいのだ。

イソマグロは大抵めちゃくちゃ潮が速い場所にいる。

さらに大型の個体は特定の条件が揃った時にしか姿を現さず、大抵深い場所を泳ぐ。

時に6kt(ちなみに、北島康介の全速力は3.2ktほどだ)を超える激流の中、深い水深まで潜ること自体が決して容易なことではない。

そして世界広しと言えど、巨大なイソマグロを狙うためには、程度の差こそあれ、どこであろうと同じ苦しみを乗り越える必要がある。

しかし一方で、他の回遊魚−ここではクロマグロを例にとる−は、必ずしもそうではない。

世界中を見渡せば、ある程度簡単に狙える場所、それこそ時には水面からでも狙えてしまうような、が確かに存在するのだ。

これが、巨大なイソマグロを最難関と言わしめる最大の理由である。

また、運よく出会えたとしても中々撃たせてくれない。

というのも、彼ら、結構な速さで泳いでいる。大きいのでゆったり泳いでいるようにも感じるが、こちらがいくら頑張って泳いでも近づくことが意外と難しい。

そして運よく出会えて、撃てたとて、回収がまた難しい。

ひとたびヤスで突かれたイソマグロは、一直線に海底へと向かったかと思うと、ひたすらに岩の間をそれこそフルパワーで走り回る。

砂煙を上げながら猛烈な勢いで暴れまわる様は、まさに『磯のダンプカー』の名にふさわしい。

”圧倒的暴力”がそこにはある。

巨大な回遊魚が銛を繋いだまま、岩岩の間を縫うように暴れ回る様を想像してみてほしい。

それがどれほど恐ろしいことか、そんな魚の回収がどれほど難しいことか、一度でも魚を突いたことのある人ならわかるだろう。

その場所がドン深であればなおのこと。

大きなイソマグロは、仕掛け丸ごと一式、水深50m、時には100m近くまであっという間に引きずりこむ。

確実に仕留めた!と確信できた時でさえ、もう何度逃げられたかわからない。

ある時は仕掛けを理解不能な形で破壊され、ある時は、全てを失った。

人知を超えた現象を目の当たりにすると、自分の世界が拡張されるような気がする。

世界屈指のスピアフィッシャーを以てして最高難度と言わしめる それが、巨大イソマグロをスピアフィッシングで狙うということなのである。

それは、幾重にも連なった極小の針に、糸を通していくかのような途方もない作業の連続だ。

しかし、Cameronの話はあくまで海外においての話である。

つまり、『スピアガン(水中銃)』でイソマグロと闘った場合の話である。

では、もし。

もし、ヤスでそいつに挑んだら、一体何が起こるだろうか。

当然だが、スピアガンと比べ、パワーも射程も、取り回しだって劣るヤスの方が不利に決まっている。

海外でマッチョな外国人達が、ぶっといゴムを幾重にもセットした大砲のようなごついスピアガンをぶっ放し、やっと仕留めるような相手− ”巨大イソマグロ”。

そんな相手に、より小柄な日本人が、より非力なヤスで挑んだのなら…?

これから綴るのは、世界的にも前例のない、『ヤスを使った巨大イソマグロ突き』に青春を捧げた数年間の記録だ。

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